干潟で丸い泥玉を作るコメツキガニ

|   
(2009:08:22 13:31:35, NIKON D200, F5.6, 1/160, 0, ISO:200, 60 mm(換算90 mm), Micro Nikkor 60mm f/2.8, ☆, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

2種類のコメツキガニになるのかな?コメツキガニが干潟の泥の上にいた。警戒するカニで、私が少し動くとすぐに巣穴の中に隠れてしまう。しばらく待つと穴から少しずつ出てきて、泥を口の前に運び球を作るようにして中に含まれる餌を食べて丸くなった泥を干潟に置き、少し移動して再び同じ動作を繰り返していた。


干潟で丸い泥玉を作るコメツキガニ

|   
(2009:08:22 13:31:06, NIKON D200, F5.6, 1/400, 0, ISO:200, 60 mm(換算90 mm), Micro Nikkor 60mm f/2.8, ☆☆, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

2種類のコメツキガニになるのかな?コメツキガニが干潟の泥の上にいた。警戒するカニで、私が少し動くとすぐに巣穴の中に隠れてしまう。しばらく待つと穴から少しずつ出てきて、泥を口の前に運び球を作るようにして中に含まれる餌を食べて丸くなった泥を干潟に置き、少し移動して再び同じ動作を繰り返していた。


揖斐川での釣り

|   
(2009:08:22 13:25:16, NIKON D200, F9.0, 1/320, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

揖斐川の桑名側を歩いている間、何人かの釣り人を見かけました。狙っているのは鯉などの淡水魚なのかな?
奥には伊勢大橋や長良川河口堰が見える。


揖斐川でのシジミ採り

|   
(2009:08:22 13:20:53, NIKON D200, F5.6, 1/2500, 0, ISO:800, 300 mm(換算450 mm), AF Zoom Nikkor 70-300mm f/4-5.6G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

揖斐川にはシジミが多く生息している。潮が引き干潟が現れると、その表面にたくさんのシジミの貝殻が散らばっているのを見れる。とにかく貝殻が多いため、なかなか生きたシジミと見分けるのが難しい。しかし、干潟を5センチほど掘って探すと生きたシジミがボロボロ出てくる。
持って帰るのを忘れたのか?スーパーの袋いっぱいに詰まったシジミの袋が干潟に落ちていることもあった。しばらく時間が経っているようで、身がほとんど溶けかかり全滅していたが、、、
また岸辺には朽ちたジョウゴも落ちていた。
対岸の長島側の岸辺ではシジミ採りをしている人を10人程度見れた。


住吉神社

|   
(2009:08:22 13:16:44, NIKON D200, F8.0, 1/250, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

住吉浦

 桑名は古くから伊勢湾、木曽三川を利用した広域的な舟運の拠点港として「十楽の津(じゅうらくのつ)」と呼ばれ、木材や米等の集散する自由活発な商業都市として発達してきました。住吉浦は、廻船の舟溜りで、全国から多数の廻船業者が集まっていました。この人たちによって航海の安全を祈り、住吉神社(現大阪市)から勧請してこの住吉神社が建立されました。神社前の石灯竜2基は江戸時代の材木商達が寄進したものです。なお、近年は太一丸堤の上にあった神明社が合祀されています。
 ここから、伊勢大橋・多度山方面の眺めは水郷桑名ならではの絶景の趣があり水郷巡りの発着点として利用されています。


住吉神社

|   
(2009:08:22 13:16:39, NIKON D200, F8.0, 1/500, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

住吉水門のすぐ目の前にある小さな神社。
神社というと廻りに多くの木があったりとゴチャゴチャした印象があるが、この住吉神社はすっきりした境内の神社。洪水が来て堤防が溢れても対処しやすくしているのかな?


住吉神社

|   
(2009:08:22 13:16:12, NIKON D200, F8.0, 1/400, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

住吉水門のすぐ目の前にある小さな神社。
神社というと廻りに多くの木があったりとゴチャゴチャした印象があるが、この住吉神社はすっきりした境内の神社。洪水が来て堤防が溢れても対処しやすくしているのかな?


住吉水門

|   
(2009:08:22 13:15:08, NIKON D200, F8.0, 1/250, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

七里の渡跡から100メートルほど上流にある巨大な水門「住吉水門」。
外側は揖斐川、内側は貯水池?運河になっていて、この日は高校生が釣りをしていた。水門はおそらく2つの金属の円盤が回転することで門が開く構造。とにかく巨大かつ重厚な水門で、これが開閉しているところはちょっと見てみたい気がした。
外側遠くに長良川河口堰や伊勢大橋が見えた。


住吉水門

|   
(2009:08:22 13:14:56, NIKON D200, F8.0, 1/160, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

七里の渡跡から100メートルほど上流にある巨大な水門「住吉水門」。
外側は揖斐川、内側は貯水池?運河になっていて、この日は高校生が釣りをしていた。水門はおそらく2つの金属の円盤が回転することで門が開く構造。とにかく巨大かつ重厚な水門で、これが開閉しているところはちょっと見てみたい気がした。
外側遠くに長良川河口堰や伊勢大橋が見えた。


住吉水門

|   
(2009:08:22 13:14:20, NIKON D200, F8.0, 1/180, 0, ISO:100, 24 mm(換算36 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

七里の渡跡から100メートルほど上流にある巨大な水門「住吉水門」。
外側は揖斐川、内側は貯水池?運河になっていて、この日は高校生が釣りをしていた。水門はおそらく2つの金属の円盤が回転することで門が開く構造。とにかく巨大かつ重厚な水門で、これが開閉しているところはちょっと見てみたい気がした。
外側遠くに長良川河口堰や伊勢大橋が見えた。


大塚本陣跡&脇本陣「駿河屋」跡

|   
(2009:08:22 13:11:35, NIKON D200, F8.0, 1/180, 0, ISO:100, 18 mm(換算27 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

七里の渡跡の上流側に建つ2棟の建物「山月」と「船津屋」がそれぞれ脇本陣跡と大塚本陣跡になっていた。下流側が脇本陣の駿河屋。上流側が大塚本陣の船津屋にあたり、船津屋には歌行燈句碑も置かれていた。


大塚本陣跡&脇本陣「駿河屋」跡

|   
(2009:08:22 13:11:18, NIKON D200, F8.0, 1/320, 0, ISO:100, 15 mm(換算22 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

歌行燈句碑(うたあんどんくひ)

かはをそに
火をぬすまれて
あけやすき


 明治の文豪・泉鏡花(1873~1939年)は大泉原村(現・いなべ市員弁町)の高等小学校で講演するため明治42年(1909年)11月に来桑、ここ船津屋(東海道桑名宿・大塚本陣跡地)に宿泊した。この時の印象を基にして、小説「歌行燈」を書き、翌年一月号の「新小説」に発表した。
 昭和14年(1939年)、東宝映画から依頼を受けた劇作家・久保田万太郎(1889~1963年)は船津屋に泊まり、三ヶ月ほどで戯曲「歌行燈」を書き上げた。昭和15年7月に、まず新生新派により明治座で上演され、昭和18年に成瀬巴喜男の監督で映画化された。上演・映画化にあたり、万太郎は手直しのため再度船津屋を訪れている。
 船津屋は当初から格式高い料理旅館だったが、小説では湊屋と書かれ、裏河岸から「かわうそ」が這い上がってきて悪戯をするという噂話が登場する。
 俳人としても著名だった万太郎が、船津屋主人の求めに応じてその情景を詠んだのがこの句である。
 自筆のこの句碑は揖斐川上流の自然石を杉本建吉画伯がデザインしたもので昭和31年6月に建てられた。

平成18年6月 寄贈 桑名三田会


大塚本陣跡&脇本陣「駿河屋」跡

|   
(2009:08:22 13:11:04, NIKON D200, F8.0, 1/100, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

七里の渡跡の上流側に建つ2棟の建物「山月」と「船津屋」がそれぞれ脇本陣跡と大塚本陣跡になっていた。下流側が脇本陣の駿河屋。上流側が大塚本陣の船津屋にあたり、船津屋には歌行燈句碑も置かれていた。


大塚本陣跡&脇本陣「駿河屋」跡

|   
(2009:08:22 13:10:45, NIKON D200, F8.0, 1/125, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

七里の渡跡の上流側に建つ2棟の建物「山月」と「船津屋」がそれぞれ脇本陣跡と大塚本陣跡になっていた。下流側が脇本陣の駿河屋。上流側が大塚本陣の船津屋にあたり、船津屋には歌行燈句碑も置かれていた。


大塚本陣跡&脇本陣「駿河屋」跡

|   
(2009:08:22 13:10:36, NIKON D200, F8.0, 1/1000, 0, ISO:100, 20 mm(換算30 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

左側
大塚本陣跡

大塚本陣は桑名宿で最大かつ最高の格式をもった本陣で裏庭から直接乗船できた。建物は変わっているが、明治時代から料理旅館「船津屋」として営業。


右側
脇本陣「駿河屋」跡

脇本陣(本陣に準じる宿)は桑名宿に4軒あったが、そのうち最も格式の高いのが駿河屋であった。建物は変わっているが、現在は料理旅館「山月」の一部となっている。


七里の渡跡

|   
(2009:08:22 13:09:52, NIKON D200, F8.0, 1/180, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

江戸時代に栄えた「七里の渡し」はここと宮宿(名古屋市熱田区)を結ぶ海路だったらしい。
現在は裏手に伸びた運河に小船が繋留されている程度で特に使われていない。ここもカニが多く、水中にブラックバスの小さいのが数匹見えた。最後の写真で奥手に見える白い建物は蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)。


七里の渡跡

|   
(2009:08:22 13:09:23, NIKON D200, F8.0, 1/200, +2/3, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

江戸時代に栄えた「七里の渡し」はここと宮宿(名古屋市熱田区)を結ぶ海路だったらしい。
現在は裏手に伸びた運河に小船が繋留されている程度で特に使われていない。ここもカニが多く、水中にブラックバスの小さいのが数匹見えた。最後の写真で奥手に見える白い建物は蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)。


七里の渡跡

|   
(2009:08:22 13:07:55, NIKON D200, F8.0, 1/320, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

江戸時代に栄えた「七里の渡し」はここと宮宿(名古屋市熱田区)を結ぶ海路だったらしい。
現在は裏手に伸びた運河に小船が繋留されている程度で特に使われていない。ここもカニが多く、水中にブラックバスの小さいのが数匹見えた。最後の写真で奥手に見える白い建物は蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)。


七里の渡跡

|   
(2009:08:22 13:05:52, NIKON D200, F8.0, 1/100, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

東海道五十三次 七里の渡跡

 桑名宿と宮宿(現名古屋市熱田区)の間は江戸時代の東海道唯一の海路で、その距離が七里(約28km)あることから、七里の渡と呼ばれました。七里の渡は、ちょうど伊勢国の東の入口にあたるため、伊勢神宮の「一の鳥居」が天明年間(1781~1789年)に建てられました。
 七里の渡の西側には舟番所、高札場、脇本陣駿河屋、大塚本陣が、七里の渡の南側には舟会所、人馬問屋や丹羽本陣があり、東海道を行き交う人々で賑わい、桑名宿の中心として栄えました。
 昭和33年(1958年)、七里の渡跡は三重県指定史跡となりました。昭和34年(1959年)には伊勢湾台風によって、この付近は甚大な被害を受けました。現在では七里の渡跡の前に堤防が築かれたため、七里の渡跡の風景は、江戸時代とは異なる表情を見せています。


七里の渡跡

|   
(2009:08:22 13:03:38, NIKON D200, F8.0, 1/125, 0, ISO:100, 12 mm(換算18 mm), AF-S DX Nikkor 12-24mm f/4G, 撮影地, 潮位)
カテゴリ: 200908木曽三川  

(この記事は移行作業中につき本文やタイトルがほかの記事と重複している場合があります)

江戸時代に栄えた「七里の渡し」はここと宮宿(名古屋市熱田区)を結ぶ海路だったらしい。
現在は裏手に伸びた運河に小船が繋留されている程度で特に使われていない。ここもカニが多く、水中にブラックバスの小さいのが数匹見えた。最後の写真で奥手に見える白い建物は蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)。


ランダム画像


アクセス順位

  1. 日本沿岸旅行記
  2. 片男波海水浴場
  3. シイノトモシビタケ
  4. 千里東町公園
  5. 千里緑地
  6. 猪名川
  7. 豊中市の池
  8. 津屋崎港の製氷施設
  9. らららサンビーチ
  10. 弁当を食べた後のゴミのことを弁当ガラっ…
  11. 魔の水門
  12. 瓦礫の中に制服のスカートが埋まっていま…
  13. (not set)
  14. 琵琶湖ロイヤルホテルの場所だと思うので…
  15. 箕面春日神社のヒメボタル
  16. 手の浦海水浴場
  17. 磯辺の浜 港南公園
  18. シマサルスベリ
  19. 千田川
  20. こちらが廃灯台。雰囲気的に自動化される…
  21. 黒いのは全部カブトムシの死体。大量殺戮…
  22. 今は使われていない廃プールがありました…
  23. 和歌山石油精製
  24. 日吉ダムは遊漁券400円
  25. 遠矢浜
  26. 3時50分頃から野鳥がさえずり始め、4…
  27. まだ時間が早いので保津峡駅まで歩こうと…
  28. まひる
  29. 五月山公園
  30. 刈藻海水浴場の海中(その1)
  31. 学習の森
  32. 港橋
  33. 747ProのWindows10/8.1/8対応ドライバー
  34. 久連海水浴場
  35. 保津峡ハイキングコース
  36. 敦賀国際スキー場
  37. 日本沿岸旅行記
  38. 西谷つり大池
  39. 貞山堀運河橋りょう
  40. 野畑南公園
  41. 長浜びわこ大仏
  42. ラベンダービーチ
  43. 仁川広河原
  44. 何かの死体でしょうか?何でしょう?得体…
  45. 勝尾寺川
  46. 津波被害を受けた痛車
  47. 淀川側から神崎川側へと流入してくる場所…
  48. 立ち入り禁止な二村の海岸。沖側の堤防へ…
  49. 篠崎愛にそっくり
  50. 紅く染まったカエデや黄金色のイチョウが…

  

  • 購読


  • jpcoastcom2@gmail.com