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築堤・修堤記念碑

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(2013:04:13 13:15:28, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:125, 31 mm, AF-S Nikkor 24-70mm f/2.8G, 撮影地)

築堤・修堤記念碑

長い歴史を秘めて流れる淀川。それは人と水との戦いの歴史でもあり、ここに建つ築堤・修堤記念碑はその記録である。
私達はここから先人の歩みを学び、「母なる河」淀川の一面を知ることができる。そして同時にこれらの碑は、水に対する備えの大切さを私達に教えてくれる。

築堤碑
左側、明治23年(1890年)建立
慶応4年(1868年9月に改元、明治元年)5月12日、折からの長雨で、唐崎弥右エ門屋敷堤防が延長309メートルにわたって決壊。このほか前島や大塚などでも堤防が切れ、被害は流域の165か村、浸水面積は5400ヘクタールにのぼった。
築堤工事は7月から行われ、10月に完了。これを顕彰するため、島上郡(現在の高槻市・島本町)のほか流域3郡の住民が協力して、この記念碑を建立した。

修堤碑
右側、明治19年(1886年)建立
明治18年(1885年)6月中旬から7月上旬までの大雨で、淀川左岸(枚方側)を中心に各所で堤防が決壊し、現在の大阪市内まで多くの町村が水に浸かり大きな被害をもたらした。
これを契機に右岸でも同年10月29日から修堤工事に着手。山崎から一津屋までの約24kmにわたって工事を行い、翌19年3月に完了。同時にこの記念碑が建てられた。

高槻市教育委員会
更新;2010年3月
設置:1987年6月





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