伏木港湾交通渡船場(如意の渡)跡地

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(2017:08:20 16:44:48, SONY α7R II, F5.0, 1/640, ISO:100, 24mm, 24-70mm F2.8(SEL2470GM), 撮影地, 潮位)

伏木港湾交通渡船場(如意の渡)跡地

この場所は射水市庄西町と高岡市伏木を結んでいた渡船場の跡地であす。江戸時代にはここから数百メートル下流に六渡寺の渡し、鹿子の渡しと呼ばれた渡し場がありました。
明治44年(1911年)六渡寺渡船組合が発動機付きの船を運航し、小矢部川を横断する交通網として、多くの人が利用しました。昭和21年(1946年)に高岡市営渡船となり、昭和26年(1951年)に伏木港湾交通株式会社が運航を始めました。
その後、現在地に渡船場を移し、室町時代に書かれた文学作品「義経記」にちなんだ「如意の渡」の愛称が付けられました。地域住民の貴重な交通手段として親しまれていましたが、伏木万葉大橋の開通によりその役目を終え、平成21年(2009年)8月2日に惜しまれながら渡船の歴史に幕を下ろしました。

如意の渡と源義経の物語

「義経記」には小矢部川河口にあった「如意の渡」の一節があります。
源義経は兄である源頼朝と対立して京から追われ、陸奥(東北地方)へ逃れようとします。旅の途中で如意の渡しに差し掛かったところ、渡を管理する役人が源義経一行であることを見破りました。しかし源義経に仕えていた武蔵坊弁慶が、とっさに扇で源義経を打ちすえて叱ることで疑いを晴らし、無事に乗船できました。有名な能の「安宅」や歌舞伎の「勧進帳」は、この物語をもとに創作されたものです。

射水市港湾・企業立地課





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