西芳寺川古墳群

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(2018:03:14 14:16:17, SONY α7R II, F10.0, 1/125, ISO:1250, 24mm, 24-70mm F2.8(SEL2470GM), 撮影地, 潮位)

西芳寺川古墳群

桂川(葛野川、大堰川)の右岸には遺跡(前方後円墳等)が多く、現 松尾中学校建設に伴う発掘調査で発見された松室遺跡では、弥生時代の竪穴住居跡、古墳時代前期の竪穴住居跡、古墳時代後期の掘立柱建物跡・遺構などがあり、この遺跡が弥生時代から古墳時代にいたる600年以上にわたる集落遺跡であることが分かりました。
この松室遺跡に暮らした人々や他の桂川右岸に住んだ人々は、松尾山の南の端、特に西芳寺川左岸の西芳寺山をりょう伽窟と呼んでいました。りょう伽とは宝のことで、常人には入ることのできない境地、一種の秘境のことだとも言われています。西芳寺川の1号橋付近の渓谷には、当時の秘境の様子がうかがわれます。西芳寺古墳群は、43基の墳群があり、京都盆地とその周辺部の群集墳中、最も密集度が高く、群集墳の別な今ひとつのあり方を示しています。
この西芳寺古墳群から西芳寺川の上流にかけて上園尾古墳群(2基)、ぼうじょう古墳群(5基)、北松尾古墳群(4基)と点在していますが、近年新たに古墳群が発見されたことから「西芳寺川古墳群」と一括名称に変更されました。もちろんこれらの古墳群も松尾山の南の端、特に西芳寺川左岸にあり、古墳時代後期(5世紀から6世紀)に築造されました。
この旧ぼうじょう古墳群は標高125メートル、南麺丘陵斜面円墳5基、径10~17メートル、横穴式石室、両袖式2基確認され、石室の形状をよく残すものが3基あります。

松尾学区自治連合





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