安威砦跡

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(2018:06:04 09:03:43, SONY α7R II, F8.0, 1/1250, ISO:100, 51mm, 24-70mm F2.8(SEL2470GM), 撮影地, 潮位, 29.2℃, 1010.8hPa, 44%)

安威砦跡

安威砦跡は、東西に延びる花園山丘陵の東端にあたり、標高89メートルの通称「天神山」や「城の森」とも呼ばれているところです。北から南にかけて3か所の郭(1区画をなしている地域)が並び、周囲に堀などの施設をもった城(砦)があり、現在も東西50メートル、南北100メートル程の遺構を残しています。砦を築いたのは、藤原鎌足や楠木正成など諸説あり、いずれも後世の付け足しと思われ詳しいことはわかっていません。
「足利季世記」大永6年(1526年)桂川合戦の条に「山崎ノ城 落チケレバ、摂津上郡芥川城、茨木城、安威城、福井城、三宅城等聞落ニシテ明引クケル」と記されており、かなり慌ただしい当時の様子がうかがわれます。廃城の時期については、安威弥四郎の子で秀吉の被官として重要な職にあった五左衛門了佐が、天正14年(1586年)に茨木城主となった頃と推測されています。また、豊後竹田(大分県)の中川家の家臣として残った安威氏の系譜によると、五左衛門了佐の子、勝宗は安威城主であったとの記載があります。

茨木市教育委員会





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