入善町の記事


登りだしてものの数分で微妙に見晴らしの…

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(2012:06:27 14:43:19, NIKON D800, F8.0, 1/250, -1, ISO:100, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

登りだしてものの数分で微妙に見晴らしのある園家山山頂に到着。一等三角点がありました。


園家山キャンプ場のすぐ脇に大きな池があ…

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(2012:06:27 14:50:31, NIKON D800, F8.0, 1/320, 0, ISO:100, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

園家山キャンプ場のすぐ脇に大きな池がありました。その池の一角に・・・


再び屋根付きの休憩所の中に湧水があるポ…

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(2012:06:27 14:51:22, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:720, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
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再び屋根付きの休憩所の中に湧水があるポイントを発見しました。休んでばかりですがまた休憩です。


偽物の郵便ポストを発見。これは当然使え…

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(2012:06:27 14:55:28, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:160, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
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偽物の郵便ポストを発見。これは当然使えません。


これは公けのスポットではなく、ここに住…

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(2012:06:27 14:56:27, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:450, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
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これは公けのスポットではなく、ここに住んでいる方が独自に湧水ポイントを提供している雰囲気でした。ご苦労さまです。


園家山キャンプ場からすぐの場所にある、…

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(2012:06:27 15:05:31, NIKON D800, F8.0, 1/500, 0, ISO:100, 22 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
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園家山キャンプ場からすぐの場所にある、黒部川の扇状地湧水公苑に到着しました。ここには数台停まれる小さな駐車場しかありません。


休憩所の片方はトイレ付き。

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(2012:06:27 15:06:18, NIKON D800, F8.0, 1/160, 0, ISO:2000, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

休憩所の片方はトイレ付き。


扇状地湧水公苑

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(2012:06:27 15:06:27, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:1800, 25 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
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扇状地湧水公苑


全国名水百選・黒部川扇状地湧水群

水は生命の源であり、明日への活力を与えてくれるものです。水の大切さ、美しい水のすばらしさを広めるために、環境庁では、身近な清澄な水であって、古くから地域住民の生活に溶け込み、住民自身の手によって保全活動がなされてきたものとして、昭和60年に「名水百選」を選定し、黒部川扇状地湧水群もその1つに選ばれました。この湧水群は、黒部川の水が扇状地の砂礫層に浸透し、再び自噴水として、また、湧水として扇状地の扇端の海岸付近に湧き出しているものです。地下数十メートルから湧き出るこの水は、掘り抜きの水と呼ばれ、今も生活用水としてこの付近の民家で利用されています。


自噴の秘密・扇状地の地下水

北アルプスは、日本有数の多雨地帯で、年間降水量は黒部川流域で31億トン、下流の扇状地上で3.4億トン、合わせて34.4億トンと計算されています。
愛本の観測では、流量が28.7億トン、このうち14億トンが農業用、発電用等に利用するため取水され、14.7億トンはそのまま本流を流れていきます。
地下水は、黒部川本流からの浸透水と扇状地上、特に水田からの浸透水によって形成されます。
地中をゆっくり移動して流れる地下水の中でも、地下20~30メートル前後の浅い層を流れる水を自由地下水、または自由水と呼んでいます。この地下水は、地表の降水や、水田の水の状態によって水位が変化しやすい層にあります。今日の家庭用井戸の大部分はこの自由水を利用しています。
自由水の層が地表と交差するところより下流側で地下水が地表にしみだすのが自然の湧水で、国の天然記念物となっている「杉沢の沢スギ」などはこのような湧水地帯に生育しています。
これに対して、黒部川の上流から伏流した水は、もっと深い地層を流れ、扇端部で粘土層などの不透水層の下を流れると、1気圧以上の圧力を持ち、このようなところでは、地表から30メートル以上掘ると、自噴します。このような地下水を被圧地下水と呼んでいます。このような条件を持つ、木根、下飯野、笹原、栃沢、石田を結ぶ線から海岸までの間に自噴地帯があります。
黒部川扇状地で、地下水の利用が本格的になったのは、戦後のことで、昭和30年以降、河川水にかわって地下水の利用が急増しました。
また近年は、工業進出に伴う工業用水や、道路融雪など、地下水に対する需要はますます増えつつあります。


黒部川扇状地

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(2012:06:27 15:06:31, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:500, 25 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
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黒部川扇状地

黒部四十八ヶ瀬とかや

1689年(元禄2年)初秋、俳聖 松尾芭蕉は、「奥の細道」の最終工程の北陸路にさしかかり、「くろべ四十八ヶ瀬とかや数しらぬ川をわたりて那古という浦に出・・・」と紀行文に記し、「わせのかやわけ入右はありそ海」の句を残しています。
北アルプスから流れ出る急流黒部川は、洪水時に山を削り、深い谷を下り、大量の水と土砂を運んで、愛本を扇頂とする日本でも有数の典型的な黒部川扇状地をつくりました。度々の洪水で川筋は定まらず、氾濫のたびに幾筋もの分流をつくる乱流した状態であったので、黒部四十八ヶ瀬とも呼ばれ、扇状地に暮らす人々や旅人の通行の妨げとなってきました。
しかし、扇状地の人々は堤防の築造や用水の建設など、永い川との闘いの中で、黒部川を治め、今日の豊かな田園地帯を作って来ました。黒部川の両岸の堤防に残る「かすみ堤」など、自然の猛威と戦った先人の知恵が今も生かされています。


扇状地ガイドマップ

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(2012:06:27 15:07:21, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:1600, 20 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  




付近の見どころ

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(2012:06:27 15:07:26, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:2000, 19 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

付近の見どころ


国指定天然記念物 杉沢の沢スギ

黒部川扇状地扇端部に位置し、日本海に面する入善町吉原地区及びその周辺は、表層の浅い湧水地帯となっており、かつては「沢スギ」と呼ばれる天然の杉が密生し、一帯は杉沢と呼ばれていました。
この杉沢は、昭和44年当時で約45ヘクタールありましたが、ほ場整備事業でそのほとんどが伐採され、現在では、県の自然環境保全地域に指定されている2.7ヘクタールだけしか残っていません。杉沢に群生している沢スギは、国の天然記念物にも指定され、杉沢一帯は湧水を中心とした自然植物園の観があります。沢スギは根元から萌芽性が強く、伏状性がありえだの発根が強いのが特徴です。


世界最古1万年前の入善沖海底林

昭和55年5月、吉原沖の海底で、樹根群が発見され、それが1万年前のものであることが明らかになりました。海底林は海岸に平行して2.5km、沖に1kmの間に分布しており、その水深は約20~40メートルの間にあります。
海底林の樹高は、高いもので90cm、30~50cmが普通の大きさで、樹幹はフナクイムシなどに食害され、アバタ状になっています。樹種はヤナギ類やハンノキが多い。
こられらの海底林は最終氷河期(1万8000年前)に海面が低下し、そのとき陸地であった森林が、海底に浜堤や砂丘が形成されたことにより、水はけが悪くなるとともに生育が止まった上に、扇状地特有の洪水が押し寄せ、堆積物で埋められ、枯死したものとされています。
氷河期以後、海面が上昇し1万年以上も保存されていたのは、バクテリアなどが繁殖しにくい地下水の中で保護されていたためとされています。そして、断崖上の海谷に沿って埋まった埋没林が、地下水の湧出や海底の潮流に浸食されて、露出したものです。


国史跡、平安時代の庄家跡 じょうべのま遺跡

「じょうべのま」は、入善町田中地内の海岸に接して位置し、昔からよく遺物が出土するので、地元では一帯を「沢田の殿様の館跡」と言い伝えられてきました。
昭和45年からの調査により、平安初期の庄家の遺構とみられる建物群と中世の建物群が発見されました。前者は、出土した柱から約100年にわたり最低5回以上建て替え、延べ14棟以上の建物が見つかっています。出土品には、土器類、木簡、下駄、馬形、箸などの木製品があります。
中世の遺構出土地では、小規模な建物が溝に囲まれて重複しており、当時では大変貴重な青磁、白磁をはじめとする中国からの輸入陶器や珠洲焼が大量に発見されています。
古代の地方荘園の遺跡としては、全国的にも稀な大規模な遺跡で、昭和54年に国の史跡に指定され、遺跡公園として公開されています。


伝説の里 園家砂丘

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(2012:06:27 15:07:32, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:1250, 30 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

伝説の里
園家砂丘
県指定キャンプ場

園家砂丘は急流黒部川がもたらした砂でできた、扇状地の先端にある特異な砂丘で、県指定キャンプ場に指定されています。南に北アルプスの秀峰を望み、北は能登半島を横たえた有磯海が望めるなど、すばらしい景観に恵まれています。高台には国土地理院の一等三角点があることで知られています。園家砂丘のことを地方の人々は「園家山」と呼んでいます。ここに古くから伝わる「人魚の肉を食べたおとら」(不老不死伝説)や「大津波悲話」(園家千軒物語)、「龍宮のお椀」(善称寺物語)などの美しい民話とともに、地方の人々はこの砂丘をこの上もなく愛しています。


人魚の肉を食べたおとら(不老不死伝説)

田茂川の西側、県道と鉄道に挟まれた真ん中ほどの所に「寺屋敷」と称する所がある。昔ここに善称寺があった。お墓のあと、お庭の石、どぶのあとと称する田もあると村の古老達が語っている。
園家砂丘がまだなかった頃、おとらという娘が善称寺に女中となって働いていた。その頃、お寺の近くにある池の底に龍宮があると伝えられ、ある年のこと、善称寺の報恩講のときに、お椀が足りないので、奥様が紙切れに「龍宮様、お椀を貸して下さい」と書いて池の中に入れたら、翌朝頼んだ通りお椀が池に浮かんでいた。その後毎年のように龍宮様からお椀を借りた。
ある年のこと、報恩講のときに、見慣れぬ高貴のお客様が参詣され、やがてお帰りになったあと、借りたお椀の底に刺身が一切残っていた。奥様は、「この肉を食べてはいけないよ」といったので、おとらはよけい食べたくなり、こっそり食べたところ、何とこれは龍宮様が召し上がるという不老不死の霊薬「人魚の肉」であった。
人魚の肉の効き目で、不老不死の身となったおとらは、何十年か何百年の後大津波が来ることを予言したが、村人は聞き入れず、園家千軒は全滅して跡に大きな砂丘ができた。ただ1人生き残ったおとらは、流浪の末、若狭の国に留まり、生き神様としてあがめられ「おとら明神様」といわれていた。後年こちらの人がそこを通った時にうわさを聞いて落とずねると、おとら婆さんは非常に喜んで、鼻の下まで垂れ下がった額のしわをかき上げ、かすんだ眼を輝かせながら「なつかしや下飯野の衆よ」と根掘り葉掘り故郷の話を聞いた。しわが垂れ下がっているとき何百歳かに見えたが、しわをかき上げたら若々しい顔になったという。そして「食事は、串柿2つずつさえもらえば生きていられる」「椿の木が枯れたら婆が死んだと思いなされ」と語ったという。



園家千軒物語(大津波悲話)

むかし昔、園家砂丘がまだなかった頃、ここに大きな港町があって園家千軒といわれ、日本随一のよい港として栄えていた。その頃、この町に1老婆が住んでいた。学問があって、何でもよく知っているので、町の人たちは何事によらず教えを乞うた。
ある晩のこと、老婆は星を見ているうちに突然気が狂ったように「町の衆よ、大変だ、津波が来るぞ、逃げろ逃げろ」と叫んで町中をかけまわった。町の人たちは、「婆ァ、とうとう気が狂ったじゃ」と、誰も相手にしなかった。
ところが、そのうちに突然海鳴りがしたかと思うと、大津波が押し寄せ、あっという間に、家も人も跡形もなく押し流され、あとに大きな砂丘ができていた。遠く離れた小高い丘のうに、かの老婆だけがただ一人立って園家の砂丘を見つめていた。眼には涙がいっぱいたまっていたという。
園家砂丘の下には今も千軒の屋敷のあとがあると信じられ、正月になると地の底からお寺の鐘の音がきこえるという話である。


龍宮のお椀(善称寺物語)

園家千軒が栄えていた頃、すぐ近くの西の方に大島千軒と村椿千軒があって、合わせて三千軒もある大都市で、「この町はやがて天子様の都になるのだ」と町の人たちは話し合っていた。ところが、ある夜のこと、大津波が押し寄せてこの町を一呑みにし、あとに砂丘ができた。
この悲しい出来事も遠い昔の物語となって、砂丘が美しい松林でおおわれた頃、ここに善称寺というお寺が建てられた。その頃、誰言うことなく「この砂丘の下には美しい乙姫様の住んでいる龍宮がある」といううわさが立った。ある年のこと、善称寺の報恩講のときに大勢のお客様を招待したが、お膳やお椀はお寺にあるだけでは足りないので、奥様はあれこれと思い悩んだ末、砂丘の下の龍宮様へお願いしようと紙切れに、「龍宮様、どうぞお客様25人前をお貸しくださいませ」と書いて、夕暮れの黄昏時にこっそり、ここぞと思う松の根元において返った。翌朝、薄暗いうちに行ってみると、昨夜の紙切れがなくなってなんと目にも覚めるような美しい龍宮のお客膳が25人前きちんと揃えておいてあった。
その日の夕方、お講が終わってから奥様は御礼の手紙を添えて元の松の根元において返った。翌朝行ってみると、お膳がなくなって、紙切れだけが残っていた。
翌年の報恩講のときも龍宮からお客膳を借りた。その次の年も貸してもらった。こうしたことが何十年も続いたのであった。
ところがある年のこと、お講が終わっていざ借りたものを返そうとすると、どうしたものかお椀が1つ見えない。上を下への大騒ぎをして隅から隅まで探したが、どうしても見当たらないので、仕方なく、よく似たお椀を1つ足してそっと夕暮れ方に松の根元へ返しておいた。
翌朝、おそるおそる行ってみると、松の根元に例の紙切れと返したはずのお椀1つが、折からの雨に濡れて取り残されていた。
このことがあってから龍宮では、善称寺の報恩講にはどれほどお願いしても、お膳もお椀も貸してくれないようになった。そればかりか、ちょっとしたお詣りごとがあっても、善称寺のお詣りごととなるときっと雨が降った。「龍宮様のお怒りだ。龍宮様が雨にのって、なくなったおわんを探しにいらっしゃるのだ」と今もなお、尚言い伝えている。
間もなく善称寺は東狐に移り、門徒も増えたが、今でも報恩講のときには必ず雨が降るという。


休憩所の奥側には湧水を利用した噴水公園…

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(2012:06:27 15:08:01, NIKON D800, F8.0, 1/500, 0, ISO:100, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

休憩所の奥側には湧水を利用した噴水公園がありました。


殉職警察官の碑

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(2012:06:27 15:08:36, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:100, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

扇状地湧水公苑の駐車場に供養碑がありました。


殉職副碑

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(2012:06:27 15:08:43, NIKON D800, F8.0, 1/200, 0, ISO:250, 35 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

殉職副碑

明治25年1月20日、魚津警察署入善分署(現 入善警察署)飯野村駐在所勤務であった巡査 高田隆七氏は上司の命を受け犯罪捜査の任にあたったが、折から1メートルを越す積雪の中、日暮れとともに、冬枯の雑木林野に突如として、風雪荒れ狂う猛吹雪となり、寸前の視野をもさえぎる闇夜の林野で、進路を見失い彷徨し、ついに心身とも力尽き、悲壮なる殉死を遂げたものである。
その後、高田巡査の偉業を偲び、大正3年1月20日に殉死した地点に、現在の供養碑が建立された。


輸出用米の水田

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(2012:06:27 15:11:00, NIKON D800, F8.0, 1/320, 0, ISO:100, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

この水田は輸出用の米を作っているようです。わざわざ輸出用に栽培しているということは国内流通米とは銘柄か何かが違うのでしょうか?

輸出用米
栽培者:260560008
地名:地番:下飯野161-1
面積:30.0アール


空腹で空腹で倒れそうなので、浜焼きでも…

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(2012:06:27 15:16:10, NIKON D800, F8.0, 1/640, 0, ISO:100, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

空腹で空腹で倒れそうなので、浜焼きでも何でもいいから食べ物を!とノボリがたくさん立っていた海洋深層水活用施設を目指すことにしました。

入善
浜焼き屋
深層水


入善海洋深層水活用施設

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(2012:06:27 15:18:18, NIKON D800, F8.0, 1/500, 0, ISO:100, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

海洋深層水活用施設に到着。ようやく飯飯・・・


綺麗な館内では海洋深層水に関するパネル…

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(2012:06:27 15:19:31, NIKON D800, F8.0, 1/30, 0, ISO:2000, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

綺麗な館内では海洋深層水に関するパネル展示がされていまいた。


あれだけ浜焼き屋のノボリが立っていたの…

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(2012:06:27 15:20:26, NIKON D800, F8.0, 1/250, 0, ISO:100, 17 mm, AF-S Nikkor 17-35mm f/2.8D, 撮影地, 潮位, 月齢:7.5, 小潮)
カテゴリ: 201206新潟・富山  

あれだけ浜焼き屋のノボリが立っていたので、絶対営業しているはず!と思ったのですが、オフシーズンだから?営業していませんでした。かなりがっかりです。


  

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